2019年2月27日水曜日

ふみあゆみ・一 富山

文学史逍遥





歌川広重・六十余州名所図会『越中 冨山船橋』
嘉永六年(1853)



越の国
こしのくに


歌川広重に描かれた富山の『船橋』は現在見ることができませんが、明治初頭までは残されており、富山の代表的風物としてにぎわい、立山とならぶ越中の名所でした。

「越中」はもと「越の国(こしのくに)」が、大宝律令(701)による律令制の時代までに三つに分割されたものの一つです。「越後」はいまの新潟にあたります。「越前」は能登半島や金沢のある石川県をふくむ領域でしたが、のちに石川県北部が能登国、南部が加賀国として分割されましたので、奈良時代のはじめには残りの福井県北部、嶺北とよばれる地域が越前国となりました(南部の嶺南地方は、越前に含まれていた敦賀をのぞき、「若狭国」でした)。

「こし」という名前は、都のあった近畿地方から北方の地へと「越えて」渡るという意味だろうと言われています。越後から北は蝦夷の地であったため、越の国は大和朝廷と蝦夷の抗争の前線でもありました(7世紀半ばの阿倍比羅夫の遠征などにより大和朝廷の支配権が北に進み、いまの山形県にあたる地域が出羽国として712年に律令制に組み込まれ、のちにはこれが秋田にまで拡大しました。東北はこの出羽と、そのほかすべての地域にあたる陸奥国に二分されていました)。



大友家持
おおとものやかもち



富山県第一の都市は富山で、船橋のあった神通川も富山駅のすぐそばを貫流しています。富山第二の都市は、富山から北西に20キロほどのところにある高岡です。

歌人として知られる大伴家持は日本最古の歌集、万葉集の編纂にたずさわったと言われ、最も多くの歌が掲載されています。天平十八年(746)家持は越中国の国守として赴任しました。越中国の国府は高岡にありました。

家持は高岡に滞在した五年間の任期中、当地の風物をさまざまな歌に詠みこんだため、高岡では万葉ゆかりの地として万葉記念館を建てたり、さまざまな催しものを行っています。中央の政争からも離れて、この時期の家持は伸びのびとした歌風で、生涯で最も多くの歌を残しました。

家持は歌聖・柿本人麻呂などに次ぐ万葉集の代表的歌人ですが、同時に政府に仕える官吏でもありましたから、現代の役所勤めとおなじように、中央と地方を経巡って生活した「転勤族」でした。そんなふうにこの大歌人を見てみると、すこし可笑しい気がします。




雨晴海岸-立山連峰 女岩 Amaharashi

富山湾に面する雨晴海岸から東にのぞむ立山連峰の威容




立山に 降りおける雪を 常夏に
                               見れども飽かず 神からならし







立山
 たてやま


立山に夏を通して見えるふりつもった雪は、見飽きるということがない。神の品格というものであろう。万葉集におさめられた家持の一首です。



通称北アルプスとよばれ、富山・新潟・岐阜・長野にまたがり南北にのびる飛騨山脈の北西部、黒部川により東西に分かたれた西側の支脈が立山連峰。その主峰群、おもな山々の一群が「立山」です。


家持の時代の古名は「たちやま」。立山でも標高の高いところでは、実際夏にも残雪を見ることができるそうです。「神(かむ)から」は「人がら」のように神の性格や品格のこと。「ならし」は「なるらし」、「であるようだ」の意。
 


古来立山は霊の山であり神であるという山岳信仰がありました。平安初期(9世紀初頭)に開かれた天台・真言宗の開祖最澄・空海が山岳仏教を提唱してから、日本各地の山岳は密教僧の修行場となっていきました。

立山には平安中期に仏教の地獄・浄土思想の影響がおよび、熱泉・ガスが立ちこめ硫黄臭の漂う殺伐とした火山口周辺の光景が地獄信仰とむすびつき、地獄の世界が山中に現れると考えられるようになりました。

さらに鎌倉時代には、阿弥陀如来の山中浄土が立山に展開しているという信仰が加わりました。西洋においては14世紀初頭にイタリアでダンテが「神曲」を執筆し、地獄から天国への旅において魂を浄化する過程を描きましたが、まさにそのような試みが現実の自然のなかで修験者たちにより行われていたことになります。


家持の歌は、そのような神仏習合の山岳仏教以前の、神道の自然崇拝の時代の精神において詠まれたものでした。家持は高岡滞在中に二百を超える歌を残しましたが、中央の政治的動向からも隔てられたこの五年間は、かれの歌歴のなかでも最も多産な時期でした。






万葉線ドラえもんトラム 高岡は漫画家・藤子不二雄(藤本弘・我孫子素雄)のふるさと。
高岡では各種記念館や、自伝的作品「まんが道」ゆかりの地を訪ねることができます。


万葉線ドラえもんトラム



富山県観光公式サイト・大友家持『万葉集』ゆかりの地を巡る
https://www.info-toyama.com/s/model/80105/
富山県[立山博物館]立山信仰の世界http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/josetu2.html
山岳信仰・コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%B1%B1%E5%B2%B3%E4%BF%A1%E4%BB%B0-512986

とこなつ‐に【常夏に】gooj辞書
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/158566/meaning/m0u/%E3%81%A8%E3%81%93%E3%81%AA%E3%81%A4/
高岡市万葉歴史館・大友家持の生涯と万葉集
https://www.manreki.com/arekore/yaka-manyou/yaka-manyou.htm

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